こんにちは。あなたの安全、ここにあります。kauhola☆pecoのぺこりんです。
今日は、この一時帰国中に感じたことを、改めてまとめておこうと思いまして。
ほぼ備忘録です。
セルフカウンセリングの1パターン、あるいは、パートナーシップの参考事例にはなるかも。
先日の、Facebookのこの投稿の詳細版です。
(画像タップで元投稿が見られます。埋め込めないのね…)
気負う陰には、やっぱり母がいた
「いない間、私が頑張って、息子と家を守らなきゃ」
赴任時に背負ったこの思いの本音は、
「家も家族も守れない私はいる価値がない」で、
守れないとどうなるの?と、己に問うと、その答えは。
「そんなこともできないのかって責められる」と。
誰に?
旦那さん…じゃない。
お母さんにだ。
まだか。まだあったのか。
(たしかに「あんたがしっかりしなきゃね」って言われた気がする)
この気負いが、じりじりと私を蝕んでいきました。
それが限界を迎えたのが、今年のお盆のころ。
第7波とか、cocoaの通知とか、インプラントの手術とか、いろいろな要素が重なって、瞬く間に不安は増殖し、身体に変調をきたすこととなりました。つらかった。
そこのケアを始めて間もなく、旦那さんの帰国が決まりました。
「ただそこにあるだけでいい」を知る
この2週間は、本当に、本当にありがたかった。
京都に2泊した以外は、特別なことはせず、買い出しに奔走したり、ディーラーで帰任時の車の品定めしたり。ずっと家でごろごろする日もありました。なんならほっといて昼寝したw
赴任前だったら、ちょっとイラっとすることもあったのに、
もうソファにその体積が存在する安心感よ。
ああ、これだ。
この人、私よりはるかに前からごくごく自然に、「いるだけでいい」を体現してた。
私が解釈していなかっただけだ。
…師匠…!!!
気がついたとき、ほんとうに幸せな気持ちになりました。
ならば、定義を変えてしまおう
そもそも、よくよく考えたら、旦那さんには「いない間家を守って」とは、言われていないんですよ。
「元気でいてね」って言われた気がする。
もうあんな体調不良はこりごりなので、ちょっと考えた。
…元気でいればいいんだな!!!!(素直)
そこで置き換えに使ったのが、
「たとえ離れてても、いてくれるから、私は安心してこちらにいられる」
でした。
もうね、頑張らないことにしました。安心しちゃうことにしました。
安心して暮らせるだけの愛を、受け取れていなかったことに気づきました。
ずっとずっと、投げかけられていたのに。
(経済力はちゃっかり頂いていました)
私はただただ、「安心ですよ」と全身から滲み出させていればいい。
…まさに「あなたの安全、ここにあります」じゃん。
この帰国で私が得たのは、とてつもない安心感と、そう感じられる解釈でした。
2週間というわずかな間でしたが、とても穏やかで幸せな日々でした。
「嘘やんそんなうまいこといくんかいな」と、思ったそこのあなた。
それ、かつての私です。
でも、こんな時間、手に入りました。
そしてそれが、一時の魔法などではない、まごうことなく本物だと思えるのです。
國枝 弓
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