後悔はそれが起きたときだけでいい

こんにちは。貴方の安心、ここにあります。kauhola☆pecoのぺこりんです。

さて、春休み早々にライブ遠征し、その後1週間アーカイブ配信を見まくるという限界オタクムーブも昨日で終了。
今日からは(激しく名残惜しいながらも)通常運転です。

でね。今朝。
昨日の残りの肉豆腐をレンジで温めたら、あっつくなりすぎてしまいまして。
取り出すときにあっつつ…ってやってたら、手を滑らせて、床にぶちまけました。

どうして器が落ちていくときって、スローで見えるんでしょうね…?

ここで質問。
あなたなら、まっさきに、どう思う?
そのあと、どんな気持ちになる?

私の場合。
まず、ひとしきり叫ぶ(うわああぁやっちまったああぁ)
そして肉豆腐を弔いつつ掃除を始める
家事をほっぽらかしててけっこう悲惨だったキッチンの床がきれいになっていくので機嫌が良くなる(チョロい)
雑巾を洗いながら、新年度に雑巾を持たせることを思い出す(ラッキー!すっかり忘れてた!)
そして新しいマットを敷き直したきれいなキッチンにて、これを書いています(笑)


なんというか…後悔、でもないか…

「起きなかったことに思いを馳せて自分を責めても仕方がない」って思っています。

例えば今日なら、「あのときちゃんとミトンして持っていれば」とかね。
次に活かすための思考ならいいんですけど、「そういうとこに気が回らない私はダメだなぁ」という責め方はしなくなりました。仕方ないじゃん、いけると思ってミトンしなかったんだもん。
次は気をつけよう。でいいじゃないですか。

これと似たケースで、
「現実はうまくいったのに、取らなかった選択肢による悲惨な結末を思い描いて震える」というのを、ここ最近何度か見ました。

これ、意味、ありますかね?
その選択はもう過去のものなのに。
その選択肢の中に今より良い結果があるならともかく、今が考えうるベストなのに。

なんか、自分で自分の心を乱しにいくのは、疲れちゃいそうだな、と思いました。

心身ともに苦労しなくたって、いい結果をにしてもいいんですよ。
成果への道のりに苦難がなくてはならないというのは、完全な思い込みです。


そうなの…?と思われて、その世界にいたいと思ったなら、どうぞ伴走役にお使い下さい。
心の絡まりをほどきながら、ご自身の気持ちで立てるようにお供いたします。
休み明けは13日より始動いたします。

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年度が変わり、ライフステージが変わった方も多いでしょう。
ご自身の気持ちを大切に、あなたの前途が良きものだらけでありますようにお祈りしております。

…あ、その良きものは、自分の目で見つけるんですよ。


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國枝 弓

オーナーkauholapeco
愛知県豊田市在住。夫と息子(2012年生まれ)の3人家族。 子育て中に出会って衝撃を受けたものが、そのまま仕事になってます。 好きなもの:吉本新喜劇、平沢進 得意なお菓子:シフォンケーキ、硬めのプリン