こんにちは。ぺこりんです。
本日、息子が12歳の誕生日を迎えました。
お誕生日おめでとう。うちの子になってくれてありがとう。
実は、息子はこの1ヶ月、利き腕負傷中。
今日も学校を休んでいますが、私に連れられて行った先で、大人たちにめっちゃ祝われて、恐縮していましたww
思えば、この子が生まれていなければ、「カウンセラーぺこりん」は存在しませんでした。
そのくらい、この子の誕生は、私にとってのターニングポイントでした。
と、いうわけで、息子の誕生とカウンセリングとの出会いを、時系列で書いていきます。
長くなりますが、おつきあい頂ければ幸いです。
人生初の盛大な挫折
里帰りを終え、自宅での子育てが始まった私。
その途端、打ちのめされ続けました。
何ひとつ、ほんっとうに何ひとつ、思い通りにならんやんけーーーー!!!!!
もう、まさに、サンドバッグになり、日々カウンターパンチを受けておりました。
というのも、息子は寝ない子で、起きているときはほぼ乳にしがみついている状態。
さらに!
旦那さんの仕事は、交替勤務で夜間も出勤。
夜のワンオペでは、体力がごっそり削られました。
さらにさらに!
突発で割り込んでくるお世話の数々。
膝の上でのおもらし、トイレに行こうとすればギャン泣き、うたた寝して目覚めたら、つるの折れたメガネの残骸が…
今まで自由にできていたことが、全くできなくなって、精神的にも削られ続けました。
今思えば、ここでいけなかったのが、「人に頼れなかったこと」。
実は、人に頼る母を見たことがなかった私。
「良き母たるものひとりで全てをこなすべし!」という思い込みをガッチリすり込まれ、車で30分ほどの距離の実家に、助けを求めることをしなかったのです。
そんなことしようものなら、母親から
「そんなこともできないなんて、何てダメなやつなんだ」
って言われると思ってました。
本当、今思うと、よく生きていたな自分、と思います。
正直、息子が生まれて半年ほどは、死なせないのに精いっぱいで、記憶が曖昧です。
軽い気持ちで行ったら、とんでもなく救われた
カウンセリングに出会ったのは、その数年後です。息子が幼稚園に入ったくらいでしょうか。
…遅いですよね。
それまでも、いろいろ学んではいましたが、今ひとつ落とし込めずにいました。
息子が大きくなるにつれ、体力的には楽になってきましたが、
「頼れない私」は健在で、いつも疲れていました。
このままではいつか私がダメになる、という、良くない直感がありました。
そんなときに見つけて、発作的に申し込んだのが、井上ききさんのグループカウンセリングでした。
この日は、クライアントが多くて、自分でワークシートを埋めることが多かったのですが、
あるポイントで、私は、号泣しました。
そこには「私が小さい時、母からしてほしかったこと」が並んでいたのです。
しかも、その言葉は、他ならぬ、「私自身が綴った言葉」。
人からもらった言葉ではなく、自分の中から出た言葉に、すっかり救われました。
まったく上滑ることなく、しっかりと自分の中に入ってきたのです。
その結果…普段めったに泣かない私が、そんなに泣くかというほど、泣きました。
そして、ひとしきり泣いて、すっかりスッキリしてしまいました。
デトックスでしたね~
この後、良いタイミングが重なり、1年経たないうちにカウンセラーの資格を取得しました。
私みたいな目に、もう誰も遭わせたくない
養成講座の受講を決めたのも、実は、
「継続セッション受けるくらいなら、資格取った方がいいや」
くらいの気持ちだったのです。
が、講座が進むにつれて、どんどん楽になっていく自分の心に、
「これがみんなできたら、あのときの私みたいな大変な目に遭う人を減らせるんじゃないか」
という確信が生まれ、伝えていくことを決めたのでした。
記憶が飛ぶほどしんどい子育てなんて、誰も望んでしない。
そんな目に遭うのは、私まででいい。
そう思って、早6年が経ちました。
息子は、私よりはるかに波乱の多い小学校生活を送っていますが、当時の私より、はるかにのびのび生きているように思えます。
子どもがのびのび生きるには、まず親がのびのびすること。
「のびのび…?」ってなったそこのあなた。
あなただけの定義、思い出しませんか。
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國枝 弓
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