どうもお久しぶりです、ぺこりんです。
随分と間が開いてしまいました。
プライベートでいろいろあり、仕事自体は少しずつ再開していましたが、発信は本当に久しぶりになります。
大丈夫です、生きてます。そこそこ元気です。
一部の方はご存じですが、2月に実父が亡くなりました。
しばらく、葬儀から手続きのサポートなどでバタバタしていました。
ここからは、記録も兼ねて、状況や心境を綴ります。
読んでいてしんどいなと思ったら、遠慮なく閉じてくださいね。
父は2年前に「特発性間質性肺炎」と診断されていて、24時間の酸素供給が必要な状態でした。
間質性肺炎は、コロナの後遺症として時折聞かれます。
最近だと、料理研究家の枝元なほみさんが闘病されていましたね。
このうち、原因不明のものが「特発性」で、指定難病となります。
病名を聞いたときに、まあ、腹はくくっていましたから、決して急な話だったわけではなく…亡くなったときも、「もう苦しくないね」という思いの方が強かったです。
遡ると、父は昨年12月に2度目の救急搬送をされ、そのまま入院していました。
文句垂れたりリハビリしたりして過ごしていたのですが、容体が急に悪化したのが、約1か月半後の、2月初めの土曜日。
インフルエンザで面会NGになっていた病棟へ向かい、約2週間ぶりに対面した父は…持てる全力で暴れていました。
そりゃ苦しいよね。健常者の3割も酸素が取り込めないんだもの。
最期はとても苦しくなると聞いてはいましたが、正直驚きました。
全力で握りしめてくる父の手を握り返し、たくさん、大声で話しかけました。
亡くなったのは日曜日。
泊まり込んでいた母と弟が立ち会ってくれました。
前日の苦しそうな顔から、病院のスタッフさんのご尽力で、眠るような良い顔にして頂けたのもありがたかったです。
亡くなる前日の声かけ…昔だったら、たぶんできなかった。
辛そうなベッドにいる父に向かって
「今日節分だよー」とか
「恵方巻の材料めっちゃ買い込んでるんやけどww」
からはじまり、
「お母さん、ほんとに看病頑張ってたんだから感謝しなさいよ!!」
などなど、およそ病人にかけると思えない言葉ばかり。
かつての私なら、「こんなこと言っちゃいけないよね」と勝手に思い込んで、うろたえてばかりだったでしょう。
でもこのときは、
自分の気持ちに正直に、
世間体など何ひとつ気にせず、
ただ、父の娘であることを選んで、
喜怒哀楽全部ぶちまけました。
この「在り方」を選べたのは、エミークコーチングを始め、心のことを学び続けていたからだなと思います。
でなければ、「まず自分を大切にする」という選択はできなかったし、「もう私が父にできることは少ない」ということを受け入れるのも難しかったでしょう。
まあ、怒鳴りまくっていたので、夫や息子はびっくりしたと思いますけどね。
もう、その存在も気にならなかったくらいでした。
実は、死に目には会えなかったのですが、悔やむことはなかったです。
前日に言いたい放題してたから。
この選択で良かったと、心から思っています。
まあ、ひとつだけ悔いるなら、「昨日めっちゃ怒ってごめん」は言いたかった、かも。
…はぁ、やっと文章にすることができました。

びっくりするほどもちました
今回のことで、改めて、この仕事がもたらすもののすごさを思い知ったので、引き続き頑張っていこうと思っています。
ご予約については、予約システムを新しくしましたので、今後はこちらのサイトから空き枠をお取り下さい。
(このHPのご予約ページも切り替えておきます)
自動でzoomのURLが発行されますので、お時間になりましたら、そのURLでお入りください。
…よくわからなかったら、従来通りお声かけくだされば調整します(^^)
…と言いつつも、今月末に50日祭、4月には息子の中学入学と、やや忙しない年度末です。
中学校の予定がほとんど分からないため、予約の変更をお願いすることもあるかも知れません、何卒ご了承下さい。

國枝 弓

最新記事 by 國枝 弓 (全て見る)
- ご無沙汰の理由と今後について - 2025年3月14日
- 母の愚痴は私が聞く。では、私の愚痴は誰が聞く? - 2025年1月10日
- 2025年にやりたいこと3選 - 2024年12月12日